京都府立医科大学

京都府立医科大学 2022年に創立150周年を迎えます。

創⽴150周年記念インタビュー

2021.05.28

広い視野をもって、医療と社会をつなぐ

地域保健医療疫学 講師小山 晃英

プロフィール

長野県出身。岡山大学医学部保健学科卒業後、信州大学大学院医学研究科循環病態学講座にて博士取得。日本多施設共同コーホート研究(J−MICC STUDY)を軸とした疫学研究と、行動科学を取り入れた社会実験に取り組んでいる。J−MICC STUDY京都フィールド代表。病院マーケティングサミットJAPAN(*1)理事。

(編者註)
(*1)病院マーケティングサミットJAPAN;Evidence Based PR(根拠に基づいた広報)の観点から論理的に病院広報に向き合い、医療機関がしっかり認知され正しく理解された上で、患者や医療職(求職者や紹介元の開業医など)に選ばれるための方法論を広く共有するために発足された新しい医療広報シンポジウム。詳しくは第2章を参照。

目次
  1. 公衆衛生学とコホート研究
  2. 病院マーケティングサミットJAPAN
  3. 小山流・公衆衛生の教育
  4. これからの府立医大について

公衆衛生学とコホート研究

はじめに、小山先生のご専門の社会医学ではどのようなことに焦点を当てているのかお聞かせください。

社会医学では医療×社会という観点で、病気の原因や予防方法に関する研究に取り組んでいます。医療従事者の多くは病院の中だけで患者さんに接しますが、患者さんにとっては院内で過ごす時間は非日常であり、人生の中で病院にいる時間は短いものです。病院の中ではわからない日常生活に起因する社会環境要因は、人々の健康や病気に大きく関係します。社会環境要因には、個人の生活習慣のみならず経済的背景を含めた様々な因子があります。また時事の社会情勢も人々の社会環境要因に影響を与えます。これらの広く「社会」に関わる視点を持って研究を進めています。

社会医学のやりがいはどういうところにありますか。

1つ目は、研究成果が社会還元されるまでの早さです。研究成果からある疾患と因果関係が認められる因子が見つかれば、明日にでも予防につながる提案ができる可能性があります。2つ目は、基礎研究と臨床研究の橋渡しの場となれることです。社会医学の研究手法として用いられるコホート研究(*2)では、研究参加者の血液や尿などの生体試料を保存することがあります。動物実験や細胞実験の結果を、ヒトに応用したいと考えている研究者と巡り会えれば、コホート研究で用いる生体試料が基礎研究のステップアップに貢献できます。基礎研究が一歩進んで臨床に活かされる結果を共有できることは喜びですね。

先生はもともと循環器の基礎研究をされていましたが、社会医学へと転向するきっかけは何だったのでしょうか。

私は動物実験を実施している研究室に所属していましたが、実験結果がヒトに還元されるには、時間がかかると感じました。誰かがヒトを対象にした研究をしていかなければならないと思いましたが、当時は研究で得られた試料はその研究に携わった者しか利用できない状況でした。そのため、自らがコホート研究に参画することにより、自身の実験系の研究をヒトデータで発展させられると考えました。ここ数年でそのような状況にも変化があり、大規模コホート研究はバイオバンクとして数万人規模におよぶ大量のDNA試料などのデータを収集・管理・保管する役割も望まれるようになりました。研究計画を申請し採択されれば、コホート研究に参加していない研究者でもデータや生体試料が使える状況になってきています。

コホート研究のアイデアはどういう時に出てくるのでしょうか。

研究のアイデアは、歩いているときや鴨川沿いを走るなどデスクワーク以外の時間に閃くことが多いです。他には、様々な分野の人と情報交換すると、どこかで協働できることが見つかり、研究が発展しますね。例えば、冠動脈疾患の発症に関わる遺伝子多型(*3)を解明するために、日本人約17万人のゲノムデータと計60万人を超える大規模な民族横断解析の研究に加えていただいたことがありますが、一人では決してできない研究であり、多くの研究者と参加者により成し得た成果となります。他にも、ある研究授賞式でお会いしたことをきっかけに、他大学の産婦人科の先生と共同研究をしています。昨今では遺伝子に関わる領域では、データの数が多くないと有名な論文には掲載されないと思いがちですが、その先生方の研究室では、母乳が出ない遺伝子を持つ1家系を見つけてNew England Journal of Medicine(*4)に研究成果が掲載されました。新生児や発達発育の分野は、遺伝学的には未知の知見が多くある領域なのだと教えてもらいました。ある領域だけで考えていると当たり前と思ってしまうことでも、領域を変えると、新しい成果にアプローチすることができると気づかされました。

コホート研究のデータはどのように活用されていますか。

コホート研究では、国際的に使われている質問票と、健康診断に追加して生理検査などを行うことがあります。多くのデータを取得できますが、一つの研究で全てのデータを使うわけではありません。せっかく取得したデータですから、このデータを活用して研究が発展できるなら、さまざまな研究者の方に使っていただきたいです。そこで、興味を持ってくれそうな研究者と出会ったときには、営業活動のごとく、このようなデータを持っていますので使いませんか?と宣伝しています。

研究成果の発信に取り組むモチベーションは何でしょうか。

もちろんアカデミアにいる者として社会還元という義務があります。また、論文を発表すると知らない人からもフィードバックがあります。先日はインドの大学院生から、論文で用いた質問票に関する相談がありました。他には、イギリスの研究者からある検査指標について、国際標準でメタ解析(*5)のために一緒に研究しないか、という連絡が来ました。論文を書くことで、研究内容を世界の誰かに知ってもらえる可能性が生まれます。誰かに研究成果を見つけてもらえ、そこから次に繋がると、研究成果を形にしていこうというモチベーションになります。

(編者註)
(*2)コホート研究;ある要因を持つ者がどのような疾病に罹患しやすいかという因果関係の推定を行う疫学研究の一種。「コホート」とは「集団」を意味する。
(*3)遺伝子多型;比較的多く見られる遺伝子を構成しているDNA配列の違い。
(*4)New England Journal of Medicine;1812年創刊の医学系雑誌のトップジャーナル。継続して発行されている医学系雑誌としては最も長い歴史を持つ。
(*5)メタ解析;複数の研究の結果を統合し、分析するための統計解析手法。

病院マーケティングサミットJAPAN

続いて、先生がアカデミアという枠組みを超えて取り組まれている病院マーケティングサミットについてお伺いします。サミットを始めたきっかけや目的について教えてください。

医療系以外の友人たちと話しているときに、一般企業と比べると、病院は差別化が表現できていないと気づきました。患者さんから病院を選んでもらうために、存在意義を示す広報が大事だと考え、社会実験の一つとして病院広報に着目した研究を行いました。病院広報に介入し、情報発信の量を増やすと、病院経営に関わる数字も勤務者の意識も良い方向へ変化しました。医学の世界は閉鎖的な側面があり、どの病院も右に倣えという状況であるため、病院の情報発信に力を入れることは大きな価値に繋がります。そこで、広報に関して医療業界の先を行く産業界から教えてもらう学会を作ろうというのが病院マーケティングサミットJAPANの始まりです。最初は、誰もが知るような企業の方に登壇していただきました。異分野から話を聞くと目から鱗ということが多いですね。

現在は、病院マーケティングサミットJAPANのテーマを「社会課題×医療」へと枠を広げています。2021年には4回目の会を企画する予定ですが、参加費を無料にして誰もが自由に参加できるようにし、学生、医療人、医療業界に関わる企業、産業界と、さまざまな人たちが出会えるプラットフォームになることを目指しています。

病院マーケティングサミット2019年度の様子。

開催してみて反響はありましたか。

反響は感じますね。2020年の3回目の会にして、参加者は1,000人を超えました。医療機関に勤める参加者の悩みは共通していることが多く、成功した先行事例を学び、自分の勤める病院で出来ることに修正して取り入れる病院も出てきています。

病院マーケティングは、病院の利益を重視しがちだと思いますが、患者の利益や社会の利益とどう繋がりますか。

病院が注目されることは医療従事者にも病院利用者にもよいことだと思います。人気のないところは人が集まらない。人気の病院には良い医療従事者が集まり教育システムも向上しますし、医療サービスの質も上がります。結果的に、患者さんのメリットにつながります。また開業医でも、まずは病院の存在を知ってもらうことが大事です。顔の見えるスタッフがしっかりした情報を発信すると、利用者の安心感につながります。

病院のマーケティングで具体例はありますか。

いくつもありますが、どこも似たり寄ったりの広報誌を差別化している例があります。福岡県北九州市の小倉記念病院の広報誌は、紙面割や質感にもこだわりがありオシャレです。棚に置いてあったら、つい手にとってみたくなります。特定診療科の魅力をアピールすることにより、患者さんからの信頼にもつながっています。

また、鳥取大学医学部附属病院の広報誌「カニジル」もユニークです。広報誌を作るためだけの専属チームを作っていますので、売っている雑誌のような完成度です。内容は、誰が読んでも面白いテーマをバランス良く扱っています。院内スタッフの取材記事もあり、その人の魅力が伝わるストーリーの書き方が秀逸です。読めば読むほど引き込まれ、その病院のファンづくりに繋がる広報誌となっています。

病院マーケティングサミットで病院の広報について語る。

他には、新型コロナウイルスにより、病院経営にも大きな影響が出ていますが、その中でクラウドファンディングの活用に注目しています。クラウドファンディングとは、実現したいプロジェクトのために寄付を募る企画ですが、病院が社会とつながる取り組みとも言えます。一つ一つのプロジェクトに社会的メッセージがあり、「このストーリーに協力したい」と思わせることで成り立ちます。コロナ禍では、感染防止のための陰圧室工事費用や、コロナ対応病院の職員への慰労金を集めるプロジェクトが成立しています。他にもドクターカー(*6)の導入や無菌室新設などの施設費用から、病院の運営費研究費用など、様々なプロジェクトがあります。このような病院経営に関する事例のweb連載もしています。

(編者註)
(*6)ドクターカー;医師が同乗して,患者を治療しながら医療機関へ搬送する救急車。各種の医療機器を搭載し,搬送途中において高度な治療が可能である。

小山流・公衆衛生の教育

オンラインツールを駆使した講義を行っておられますが、講義で工夫されていることはありますか?また、新型コロナウイルスによりオンライン講義が実施されていますが、教育にどんな影響があったと思われますか。

インタビュアーのみんなに質問です。オンラインでの講義はどうですか?

レジュメを画面に出してもらってみやすい、データが送られてきて使いやすいと思う反面、対面で聞いているほど話が入ってこないです。(S)

私は対面の方がいいです。勉強に身が入らないうちに時間が過ぎてしまった感じです。対面でできた実習が、手を動かせたということで一番で楽しかったです。(O)

実習などは少人数でロールプレイやディスカッションしたところは面白かったです。自分自身の興味のあるところや先生の熱い語りには引き込まれました。(H)

オンラインのツールをうまく活用できれば効果的な教育になるのではないかと思いました。(I)

色々な意見がありますよね。オンライン講義が始まる前からリアルタイムで受講者の感想・質問が見られるツールを授業で使うなど、どうすれば授業を面白くすることができるか考え取り組んできました。オンライン講義になったことで、それらのツールを用いることにより、学生からのコメント数も格段に増え、双方向性の講義が成り立ち、とても面白かったです。

講義時では正しい答えのないことを「どう思う?」と質問したりしています。色々な答えが返ってきます。正解がある問いかけには、答えにくい時もありますが、公衆衛生学は医療×社会を扱う分野なので、一つの課題に一つの答えがあるわけではありません。そのため、学生はさまざまな考えを言ってくれますし、みんなが考えつかない意見がでると、脱線していくこともありますが、講義が盛り上がります。

ありがたいことに、講義は学外も含めて年間100回以上行う機会をいただいています。教育は、次世代の育成に繋がりますので、回を重ねるごとにスキルアップしていきたいですね。

2020年度の医学科3回生の講義の様子。学生からのコメントが表示され、より双方向な講義になっていると感じます。「公衆衛生以上の価値がある」というこのコメントはとても嬉しかったです。

教育をすごく楽しんでおられますね。マーケティング、アカデミアへの発信など、自分が行動すると何かが変わるのが楽しくて、いろいろ取り組んでおられるのでしょうか。

そうですね。変わるというよりはもらえる。自分が知らない何か、自分が持ってない何かを頂けるというのは一番エキサイティングなところです。それが得られる取り組みは大事にしたいです。

これからの府立医大について

府立医大の良い点は何だと思われますか。

面白い学生が多いことです。授業後に熱心に質問してくれる人や、研究したいと言ってくる学生がいます。あとは、「最近どんな活動していますか?」と、ふらっと訪ねて来てくれたりとか、「病院実習してから公衆衛生学の重要性を理解したので、研究したいです。」ということもありました。講義をした学年から数年経って、訪ねてきてくれる学生がいるのは嬉しいですね。気軽に研究室に来てくれるのは、いつでも大歓迎です。

先生がいま新たにやりたいことは何かありますか。

研究のネタは数多くあるので、論文を書きたいです。また色々な人と繋がって、取り組んでいる社会実験を一個ずつ形にしていきたいです。そして、研究と教育と、両方の実力を上げて社会と学生に還元していきたいです。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

自分のいる場所での常識にとらわれることなく、さまざまな考え・立場の人との交流を持つことで視野が広がると思います。一つの場所に閉じこもらず、いろんな人と交流してほしいです。自分の領域と違う人と交わると、何か発見がありますからね。

また、若い時に新たなことにチャレンジして、失敗もしておいてください。何も挑戦しないと失敗しないので、安全なのかもしれませんが、失敗から学べるものは大きいです。あとできっと活かせる経験になります。今はオンラインで学べる&繋がる機会が格段に増えたので、その時代ならではの挑戦できることがあるはずです。

学生の皆さんはいつでも教室に遊びに来てくださいね。私も学生と話して自分をアップデートしていきたいです。また、学生生活でも楽しい事をしたいですよね。学生が起業したいとか、本を出版したいとか、何かやりたい企画があったら相談に来てほしいです。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

取材・文:岡田優人(医2)

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