京都府立医科大学

京都府立医科大学 2022年に創立150周年を迎えます。

創⽴150周年記念インタビュー

2021.05.07

将来は医学教育の道へ

2019年度卒 研修医稲葉 哲士

プロフィール

2020年京都府立医科大学医学部医学科卒業。現在麻生飯塚病院にて初期研修中。在学中はカジュアルな勉強会「かるがもカンファ」を立ち上げ、座学と臨床を繋ぐ活動に尽力。

目次
  1. 自己紹介
  2. 学生時代の活動
  3. これからの京都府立医大について
  4. 在学中の臨床留学について
  5. 今後のキャリアについて

自己紹介

自己紹介をお願いします。

2020年卒の稲葉と申します。現在福岡県の麻生飯塚病院というところで初期研修医1年目をやってます。学生の頃は医道部の前身の「かる鴨チャンネル」で学年や部活の枠にとらわれない勉強の場をつくっていました。あと、関西の大学間グループであるTEAM関西でも代表をさせていただきました。
国内と海外旅行が好きで、ある時ふと思い立って学生の間に47都道府県全部を回ることを目指していました。結局達成はできなかったんですけど、45都道府県をぐるっと回ってきました、楽しかった!

最近は家で宅飲みすることが多いので、カクテルとか作ったりしてます。
今は初期研修医が始まって3ヶ月ですが、できなさすぎてやばいと思いながら毎日頑張ってます。

在学中はとても勉強が得意で優秀だった稲葉さんでもですか?

全然できないです。医者として働くことは思っていたより大変でした。要求されるものが医学生の時に想像していたものと違うなと思う毎日です。

学生時代に旅したジョージアにて

学生時代の活動

在学中は「かる鴨カンファ」などの勉強会を積極的に開催されていましたよね。勉強会を始めた経緯を教えていただけますか?

4回生ぐらいの時、大学の外の勉強会に出てみたことがあったのですが、大学を越えて集まる人達って優秀な人が多くて、知識を臨床に活用できている人がいるのを知りました。府立医大ってそういうことを教えてもらう場が全然なくて、そういう場がちょっとでもあればと思ったんです。大学の授業でそういうことができればいいのでしょうが、それを変えていくのは学生のレベルでは無理だと思いました。そこで、まずはできることをしようということで同級生の森田君と始めたのが「かる鴨カンファ」になります。

僕は、府立医大のクローズな環境に外の情報をもっと入れやすくする空気があったほうがいいと思ったんです。情報源が部活の上下関係だけなのはもったいないので、部活の枠を超えて府立医大の中でもやる気のある人が集まるような場を作ろうと考えました。

そんな思いで「かる鴨カンファ」を始められたんですね。勉強会の運営で苦労されたことはありましたか。

発表を準備するのは大変ですから、コンセプトとしては発表する人が一番得るものが多い会にしたかったので、どういう形で発表者にフィードバックしてお返しできるかを考えていました。聞き手は基本的に、ボランティアで発表してくれた人に対して、良いことしか言わないので、勉強会の後にアンケートをとったりして、本人にあまり気を使わずにプレゼンの改善点を指摘できるシステムを作ろうと試みていました。あとは、学生だけの勉強会だとどうしても知識が不足してしまいがちになるので、正しさをどうやって担保するかについてはかなり悩みました。府立医大で学生のやりたいことに全面的に協力してくれる先生を見つけるのにも苦労しました。

確かに、双方向の交流があってかつ正しさも担保してという勉強会の運営はなかなか難しそうですね。稲葉さんが開催された勉強会に参加した時には、発表者に対するフィードバックをすごく大事にされているのが伝わってきました。

発表はボランティアでやってもらっているので、そこに対してしっかり応えてあげないと、せっかくしてくれた人に悪いと思ったんです。結構僕はしんどかったですが(笑)同級生の森田君が協力してくれたのはありがたかったです。全部一人でやってたら絶対もっとしんどかったなと思います。その点は恵まれていました。

他大の医学生は、学習したことを実践に生かせている人が多いというお話でしたが、この差はどこから生じるとお考えですか?

一方的な授業じゃなくて、プロブレムベース(PBL)で学ぶと力が付くと思います。たとえば、「こういう主訴の患者さんが来ました、どうしますか?」といった、症候ベースでの授業や演習が行われてるところは結構多いです。それに、シンプルに実習で患者さんに接する機会が多いと思います。先生の後ろについて見学する実習だけではなく、患者さんを前にPBLで学ぶ機会が担保されるべきかなと思いましたね。

症例から学ぶ機会は府立医大の授業でもあると思うのですが、その点についてはいかがでしょうか。

プランを考えることがあんまりないですよね。総合診療とか診断学的な話になってきますが、心不全ならこういう症状が出るとか肺炎にはこう治療しますというのは一応勉強はするけど、呼吸困難感を主訴に来院した患者さんにどう対応していいかわからないんです。

他大学の学生と交流する中で学生が主体的に考える機会があまりないと実感されたんですね。

サークルや勉強会で各大学の意欲的な学生と出会い刺激を受けました。ただ、大学の外で優秀な人が多いと思うのは出会う人の層にバイアスがかかっているとは思います。大学の枠を超えて外に出てくるような人は基本的に意欲と力のある人ばかりなので。
九州で言うと長崎大学の学生はすごいですね。学生で手技ができて、麻酔まで一人でやっていて、レベルが高いと思います。大学によっては統合授業を取り入れて、たとえば神経について学ぶのであれば神経の解剖や生理から始めて、疾患や治療まで勉強して行くという方式をとっています。

話が前後しますが、このような教育方法には、府立医大のいつかの学生部長が「Pathology, Pharmacologyなどの-logy(~学)を重視する教育で行きます」という方針にした背景があると伺ったことがあります。これが示すように、伝統ある国公立は手技を重視せず、疾患ベースの病態を大事にする傾向にあると思います。また、それぞれの医局への配慮もあるかもしれません。けれど患者さんは何々logy で来ました、解剖的にココが悪いから来ましたと言って来るわけじゃない。何となく胸が痛いから来ました、と言ってくるんです。それに対応した学びにはなってないと思います。

他大の学生との臨床力の差を実感されたのが、府立医大での勉強会発足のきっかけになったんですね。 勉強会という学生のみの集まりでは、どうしても知識不足や限られた視点での情報になってしまうと思います。その中でどのように正しさを担保していましたか?

自分でできる範囲でフィードバックはしていました。学内の協力的な先生にお願いして参加していただいたりしました。ただ、それでも限界があるので、学生同士の勉強会で興味をもってもらって、あとは学外に出て学んでもらう。そして将来的に府立医大に帰ってきて、学生に教えてもらえばいいかなと考えていました。

とても長期的な考えですね!

あとは、上回生が下回生に教えるという一方通行の勉強会ではいけないと思っていました。臨床推論の勉強会でもそうなりがちですが、臨床医学の知識を持つ上級生が教えるばかりになるので継続するのが難しい。その点、今の医道部は教養的な知識を含んだ勉強会に舵を切ってるのは素晴らしいと思います。教養には学年の隔たりがないですからね。

基礎医学から臨床医学を繋ぐような勉強会ができたらいいですね。

本当にそうですね。解剖学や生理学とかは、臨床をやってみて始めてその大切さがわかります。それぞれの学年が知識を持ち寄って教え合いができたらいいですね。その中で上回生は基礎医学が臨床にどう活きているのかを知っているので、医学を学ぶ道のりを示してあげられる。解剖学を学んだばかりの2回生と一緒にエコーをしてみたり。生理学の知識を使って救急車で来た血圧低下の患者さんにどういう薬を入れるかフランクスターリング曲線で考えてみようとかね。面白いと思います。

学年の垣根を越えた学び、ぜひ実現したいと思います。

勉強会の様子

これからの京都府立医大について

これから府立医大についてお聞きします。学生時代を振り返って、府立医大で学んで良かった点について教えてください。

府立医大には長い歴史に裏打ちされた府民からの信頼があり、これは大きなアドバンテージだと思います。その上に胡坐をかいているだけのような状況になってはいけないと思います。北部を含めて府立医大には関連病院がたくさんあり、教育のフィールドは整っています。地域実習など、学生が関連病院で実習を行う機会は増えてきていますが、その恵まれた環境をもっと活用すべきだと思います。

大学外の病院では学生を指導する体制が整っておらず、実習するのは難しいのではないでしょうか?

たとえばオーストラリアでは、病院実習の最初の1か月で学生にしっかり実践的な教育をして、あとはスチューデントドクターという形で自立的に動けるようにしていると聞いたことがあります。そうすれば地域の医者が少ないところでもその隙間を学生がある程度埋めることができますし、学生もただ医師の仕事を見学しているだけではなく実践的に学べます。逐一診療の傍らで先生が学生を教育するわけではなくて、学生が病院を実践的な学びの場として活用しながら、地域医療のリソースも補うことができるんです。

こちらの質問自体が受け身の学生感が出ていました。

大丈夫ですよ。それに学生全員が臨床をやりたいわけじゃない。早く実習を終わらせて研究したい人がいても良い。そういった選択肢に可塑性があるべきです。

府立医大には素晴らしい先生や教育熱心な医局がたくさんあります。それらを教育マインドを持って統率するシステムがあったら良いのにと思います。上を伸ばす教育と底上げをする教育がありますが、府立医大はどちらかというと底上げ志向でしょうか。国家試験の合格率を上げるだけが目標ではいけない。どういう学生を育てたいか、もっとはっきりさせるべきですね。

医学生がお客さんみたいです。学生は遊べるだけ遊んで、研修医になったら0から100までという風潮があるかもしれません。

医療チームの一人として扱われた方が意欲をもって学べますよね。 生の患者さんと剥き身で接する機会が少なかったのだと、 研修医になって実感します。この学生と研修医の間の落差はもっと埋めた方がいいと思います。

勉強のこだわり・意識していたことはありますか?

人とのつながりを大事にしていたことと、膨大な知識を暗記するだけでなく、少しでも理論立てるようしていたことです。後は医学以外の勉強をなるべくしていたことでしょうか。経済学とか哲学について自分で本を読んでいました。他分野の専門の人と話す機会がある方がいいとは思いますが、府立医大には医学以外の専門家がほとんどいないですもんね。とりあえず色んなところに首を突っ込んでみて、良かったことや学んだことがあれば共有するようにしていました。

今はオンラインで「楽し樹」や「医学生の森」など、医学以外の教養や知識を含め多くの人で共有するコミュニティがありますね。

もっと主体的に医学や医学以外の分野を学びたいという医学生のニーズが形になってきていると思います。コロナでSlackやFacebookでのオンラインのつながりに抵抗がなくなって、こういった波が広がった感じはありますね。時代の逆風を順風にした感じがして、かっこいいなと思っています。

オンラインで都市部でも地方でもどこでもつながれて、地域医療にも抵抗がなくなるかもしれませんね。

地域医療と教育のあり方も変わっていくと思います。それで自分の将来も改めて考え直して、 悩んでますよ。

趣味の写真撮影で撮った京都の写真

在学中の臨床留学について

アメリカのオクラホマ大学に臨床留学されていましたね。その経験を詳細に記録したブログ(あるねぶのFamily Medicine留学メモ)は私の留学準備にとても役立ちました。ブログを書こうと思ったのはどうしてですか?

大学のお金を貰って留学させて頂いているので、後輩に還元する義務があると思い、むしろ経験を共有しないことが信じられないなと思っていました。留学先の情報や面接について、部活の先輩がいないと聞けないような状況だったので、僕自身が準備に苦労したという背景もあります。だからこそ見たものは全部共有したいし、ちょっとでも興味ある人は部活の分け隔てなくいくらでも話そうと思っていました。自分がそうしてほしかったからですね。

実は、この記事も、こんな先輩がいるってことを知って、後輩たちが同じことで苦労しないようにという意図があるんです。

歴史ですよね。結局人が悩んでいることとか困ることっていつの時代も変わらない。詳細は割愛しますが、1960年代の学生闘争の時期に、府立医大でも運動があったんです。そのときは暴力沙汰になってしまったようですが、当時の学生/研修医の要望や、大学の対応を見ていると、結局のところ今と大きく変わっているようには思えないんです。本来は、そういった出来事だからこそ反省や教訓を生かすべきなのに、あまり語られずに歴史の闇に消えていくのは残念なことだと思います。
もちろん暴力は言語道断ですが、学生が声を挙げ続けることの大事さはいつの時代も変わらないと思います。学生運動の詳細が気になる方は「嵐の中の医科大学」で検索してみてください。
歴史という観点では、僕は後輩に1日でも早く自分よりも先に進んでもらうことが大事だと思います。俺を踏み越えて行けと。じゃないと人類全体が先に進んでゆきませんよね。

稲葉さんの考える留学の意義について教えてください。

留学して何を見るのか、目的意識がはっきりしてないと意味がないと思います。英語を学ぶこと、留学することは手段でしかなくて、それ自体が目的になると何も身に付かない。英語を喋ることが大事なんじゃなくて、英語を喋ることを通して何かをすることが大事です。何となく英語ができるから留学に行く、というのは違うと思います。

稲葉さんご自身がアメリカへ留学した理由を教えていただけますか?

アメリカの医学教育が見たくてという理由が大きいですね。教育に関してはアメリカはかなり実戦で、一方ヨーロッパの教育はどちらかと言うと理論重視です。これは、アメリカからの留学生と接してみても感じていたことです。僕は実践重視の大学教育に惹かれていたので、自分の目で見てみたいと強く思っていました。
それに、アメリカの家庭医療を見たいという動機も大きかったです。実際アメリカのFamily Clinicで1ヶ月研修した経験は、自分にとって本当に有意義なものになりました。
アメリカでは家庭医が広く普及している一方で、実際やるとなると個人的にはアメリカよりも日本の総合診療の方が楽しいと思います。アメリカの家庭医療は十分確立されてるぶん、ここまでやったら後は専門家に紹介する、というように、家庭医の担当する領域が明確に決まってしまっているような印象を受けました。逆に日本の総合診療は、普及が不十分な分明確に決まっていないので、興味があればいくらでも行っていいというところが強みなのかもしれないと感じました。病院の空気や規模感とか、病院に何がないとか、あるいはその地域に何が必要かという、そのニーズに敏感になって姿を変えられるというカメレオン的な在り方が総合診療医の本質で、それが日本ではより強調されているように感じます。

なぜアメリカの方が日本よりも医療者間での分業が進んでいるのでしょうか?

アメリカでは、はじめにかかれるのが救急科か家庭医と決まっていて、そこから家庭医が専門医に患者を紹介するという仕組みが確立されています。なので、家庭医も専門医も専門家としての業務の境界がはっきりしている印象です。
一方で、日本の総合診療医は、専門医との業務の境界が米国の医療と比べて曖昧です。勉強さえすれば、地域で医療器材が足りていないところに行った時でも幅広く患者を診て、学んでいけるための素地があるんです。日本の総合診療医、その地域に足りていない溝を埋めることができると僕は考えています。今後専門医制度がガラッと変わっていくので、日本の総合診療の在り方もまだまだ変わっていくのではないかとは思いますが。

オクラホマ大学留学中に京都府立医科大学の仲間と

今後のキャリアについて

稲葉さんは将来どのように医療と関わっていこうとお考えですか?

医学だけだと面白くないと思っています。面白くない割には難しいからしんどいんですよね。元々頭のつくりが文系だというのもあって、家庭医療に惹かれています。医者を続けると思うけれど、最終的には教育にかかわりたいというスタンスは変わりません。教育については、医学の面では実践を重視したものにしたいし、また医学以外の可能性を提示できるような「医学教育」を実現したいです。最近は医者で起業してますとか、従来の医師像にとらわれない人が多くなっているますよね。そういった中で、従来の医者像にのみ準拠した医学教育しか行われていないのが現状です。学生の可能性を狭めるのではなく、可能性を広げる教育を創る必要があると思います。

同感です。病院実習がなくてオンライン授業やレポート作成するだけなら医学部にいる意味があるのかと考えてしまいます。コロナで有効な治療法がなく臨床医が苦戦する中で、感染症研究者や厚労省の医系技官など医師でありながら病院以外の場所で働く人が活躍していました。医師の仕事は病院で患者さんを治療するだけではないと実感しています。

本当にそうですね。コロナ禍で一般の人の医療リテラシーを高める必要があると感じました。究極的には、医学生に医学教育をするだけでなく、社会に対して教育を行った方がいいんじゃないかと思っています。医学知識を医学部だけにとどめておかない。医学部と外の社会、医学と多領域の境界を曖昧にしていくことは大事だなって思いますね。
つまりは、医者の持つ治療以外の役割がクローズアップされるべきだと思っています。社会的な役割、たとえば社会に対して医学教育することとか、社会的処方をになっていくこととかですね。医者の仕事の領域の場所と広さが見直されるべき時期に来てるのかなと思っています。もちろんカテーテルをする医者とか、胃カメラをする医者は一定数必要ですが、それだけという時代は終わっていると思います。医学教育が医学部の中に留まるべきではないし、医者は病院だけにとどまるべきではない、ということです。

勉強が得意な学生が集まっているのに、医学部ではインプットばかりで卒業までアウトプットする場がないと思います。

なんとなく勉強できるからとりあえず医学部みたいな人が多くて、もったいないと思います。やはりアウトプットする場がもっとあった方がいいと思います。ないならないで、生涯教育を遠して、医者が医学以外のことをできる場所があった方がいいと思います。でも仕事を始めたら忙しいから無理、となる。

AIで仕事を減らしていくというのも今後は実現するかもしれませんね。

おっしゃる通りですね。機械に任せられる仕事が増えれば、その時間を有意義に使えると思います。

学生にも医師の仕事のあり方を変えていきたいと思っている人が多いように思います。実際にそれを実現できそうなコミュ二ティもできてきています。

ぜひ変えていきましょう。皆さんは本当に良い時代に学生してると思いますよ。まあ、実習はできないけど。研修医の僕は患者さんが減って経験が積めず割を食ってますが(笑)

最後に、後輩に一言メッセージをお願いします。

自分が学びたいことに正直に、楽しく学生生活を送ってください。
自分のためだけではなくて、自分の後に続く人のためにという視点があると、最終的にみんなハッピーになれると思います。「還元」するという考え方を持つことが大事だと思います。それから、主体性をもってみんなで学ぼうという姿勢が大切だと思います。

主体性と自分が「還元」していくという意識を持つことがより良い未来を作っていくことにつながるのですね。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

取材・文:磯邉綾菜(医6)橋本寛子(医6)

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