臨床工学技士の仕事
本日はどうぞよろしくお願いします。臨床工学技士という職業に馴染みがない人も多いかと思います。畑中さんはどのようなお仕事をされていますか。
医療機器管理部と医療技術部臨床工学技術課で臨床工学技士長を務めています。
もともとは人工心肺を専門としていましたが、現在は人工呼吸器やECMO(注釈)の管理と医療技術部臨床工学技術課のマネジメントを行っています。現場では、特に病棟やICU(集中治療室)で人工呼吸管理を行っています。
(注釈)ECMO…Extracorporeal membrane oxygenationの略で、人工肺とポンプを用いた体外循環による治療法のこと。通常の治療では救うことができない最も重症な呼吸・循環不全患者に対し、治癒・回復するまでの間、呼吸と循環の機能を代替する。
ECMOは新型コロナウイルス感染症で注目されるようになった医療機器ですよね。臨床工学技士(CE:Clinical Engineer)のお仕事についてもう少し詳しく教えていただけますか。
病院の中では、大きく分けて2つの仕事があります。1つは医療機器の管理です。具体的には医療機器の定期点検や使用中・前後の点検、正常に動作するかどうか、消耗品の交換などです。診療科や病棟の要望に答えて、機械の稼働率を高めるための配置をしたり、新しく機材を購入するのも仕事です。定期点検など点検業務は外部委託が認められていて、ここの病院では外部委託している業者の人が病院に常駐しており、その取りまとめは私の仕事です。2つめは臨床技術提供です。たとえば人工呼吸器、コロナで活躍するECMO、小さいものでペースメーカーなどがありますが、それらの生命維持管理装置を使った医療を提供しています。加えて、内視鏡、モニターなどの医療機器全般の操作もしています。これらの医療機器の管理は外部委託が許されておらず、院内の臨床工学技士が管理しています。
京都府立医大で取り組む臨床工学技士のユニークなキャリア設計
CEのなかで専門はどのように分かれているのでしょうか。
一般的に他の病院では、内視鏡、透析、人工心肺(呼吸器、ECMOなど)などの医療機器ごとに部門を区切ることが多いです。透析部門に所属して透析とICUのなかでの血液浄化(注釈)を学ぶとか、人工心肺に特化して専門を極めていくということですね。他の医療職と同じようにCEは専門職なので、自分の専門分野に対してコミットメントが強い。そこで、いかに自分の専門を生かしてやりたい仕事ができるかがキーになります。たとえば一般企業では昇進して他部署に転属されるのは普通ですが、外科医なら職場で専門とする手術ができるかどうかが重要であるように、医療専門職は自分の専門分野のことがどれだけできるかで勤務先を選ぶことが多いと思います。専門外のことを求められたらやめてしまうこともまれではありません。
そこで、そのような技士の専門性を尊重し、当部門ではあえて部署を区切っていません。技士一人ひとりの希望に沿ってキャリアを作っていくというスタイルにしているのです。つまり、一つの専門機器しか扱えないというわけではなく、キャリアやモチベーションに応じて様々な医療機器を扱うことができる仕組みを作っています。なので、ある曜日には手術で人工心肺の管理をし、別の日には透析をする、といった働き方をしている人もいますし、心臓カテ―テルに特化して習熟している人もいます。
全ての技士に合わせた管理は大変ですが、専門職のキャリア形成を支え仕事へのモチベーションを高める仕組みだと思っています。他の病院ではしていないやり方で、この独自の取り組みを理由に入職を希望してくる人もいます。いろいろ経験するうちに一つ自分の軸ができると、それを中心に専門性を高めていくことができます。
血液浄化…体内の老廃物や代謝産物などを血液中から取り除き、体のバランスを保つことによって生命を維持する治療法。血液透析、血漿交換などがある。
面談の様子。
高度医療の分野で学び続ける
モチベーションに合わせてオリジナルのキャリアを築いていけるのは素敵ですね。臨床工学技士は機械の知識も病態の理解も必要で勉強することが多そうですが、学生の頃や就職してからはどのように勉強されているのでしょうか。
実は、臨床工学技士は比較的新しい国家資格です。私が養成校に入学した頃には資格が設置されて10年ほどしか経っておらず、これから発展する分野だという期待を抱いたのを覚えています。
学生時代は工学と臨床医学を半々ぐらいで勉強します。現場で求められる知識と養成校のカリキュラムで学ぶことは必ずしも同じではありません。臨床工学技士は名前に工学と入っているだけあって、学生時代にはハンダ付けをして電子回路を作るような授業もありました。しかし現在では医工連携で開発に関わる人を除けば現場で電子機器の基盤をいじることはまずありません。一方で、心臓カテーテルや人工呼吸器管理は臨床では主要な業務の一つですが、養成校時代よりは現場に出てから学ぶことが多いものになります。というのも、臨床工学技士という資格はそもそも透析や人工心肺などの技術的な管理のために始まったものであり、カテーテル、ペースメーカー、内視鏡はそのあとに発達してきた技術なので、臨床工学技士のカリキュラムの中に組み込み切れていない部分があるのです。なので、臨床工学技士が臨床で活躍するためには卒後教育が重要になります。仕事をする中で自ら積極的に勉強したり、セミナーを受けたりする人も多いですね。とはいえ、医療の分野では数年前とはガイドラインが変わったり、新しい研究結果が出るのは当たり前のことです。高度医療を提供する施設ではスタッフもそれに見合ったものを提供しないといけないので、常に知識を最新のものにアップデートしています。
現場で働き始めたあとも機械や技術の進歩に合わせて勉強されているのですね。他の医療職とはどのように関わっていますか。
看護師さんと医師とは日常的に関わっています。CEは決まった仕事場がありません。たとえば看護師さんは病棟、外来、手術部に配属されていますが、CEは定位置がない。ですので自分から出向いていってチームの中で患者に必要な専門知識や技術を提供するのが私たちの役割です。具体的には理学療法士の人と一緒に呼吸リハをやりながら、患者さんの呼吸形態にあわせたリハビリをサポートする、ということがあります。
人工呼吸器の管理を行う。
病院の中でのマネジメントの役割
畑中さんご自身はCEのお仕事に加え、臨床工学技術課を統括する業務もしておられます。さらに大学院で経営管理修士号を取得されています。経営や組織のマネジメントにはもともと興味があったのですか。
医療職が自分の専門性を高めることは良いことですが、それだけではうまくいかないことがあります。医療は多職種協働で成り立っていますが、それぞれの職種で専門性や考え方、業務環境が違います。業務環境だけを取り上げても、医師は24時間オンコール、看護師は3交代制、CEは日勤帯に加えて宿直と様々です。よって、この違いが元で生じる考え方の相違をどうするかが問題になってきます。私は学生のころからビジネスの世界に興味があり、医学系の勉強をしながら趣味でビジネス書を読んだりしていました。CEとして勤務経験を重ね、人事に関わるポジションについたとき、どうすればチームとしての力を高めることができるのかを考えるようになりました。そして、解決策はマネジメントにあるのではないかと考えました。マネジメントについてより深く理解するため、大学院に行って経営戦略を学ぶことにしました。
大学院で学んだことで、臨床現場でのマネジメントは変わりましたか。
道半ばという感じですが、私はマネジメントが臨床をよくすると信じています。社会人のための大学院を卒業したのが一昨年のことです。土日と、平日に仕事が終わってから勉強するのを2年続け、修了しました。しかし大学院で教授に言われた言葉が、「自分が目指す姿がまさか2年で達成できるわけない」。卒後も研究会があり、職場でも試行錯誤しながら勉強を続けています。
私の専攻は医療経営コースで、1年目は一般的な経営戦略や組織管理、2年目の途中から病院経営や病院の組織管理を学びました。経営に成功している、主に私立病院をモデルケースに学ぶのですが、公立病院や大学附属病院はあまりモデルケースにしないので、難しいなと感じます。ただ、何を目標にマネジメントするべきかは理解しているので、府立医大でも活かせると思っています。
インタビューの様子。
府立医大で多職種が協力して病院をよくしていくためには、どのような工夫ができるでしょうか。
もっと職場やワーキンググループの中でダイバーシティを取り入れることができると思います。いままでの方法では解決できない問題があったときにはクリエイティビティ(創造性)が必要になります。クリエイティビティを高めるためにはダイバーシティ(多様性)が重要と考えられています。しかし、男女や人種など、一目でわかるダイバーシティを取り入れてチーム作ってもそれほど課題解決に役立つ効果は少ない。病院でいうと、医師や看護師などを混ぜただけでは、逆に職種間の差異、いうなれば溝が深くなり多様性が発揮されにくいのです。そこで、目に見えない多様性を考慮することが効果的です。考え方やバックグラウンドが違う、たとえば社会人経験を経て医師になった人や、研究分野が違うなど、見た目でわかりにくい多様性をもったチームのほうがクリエイティビティが発揮されやすいと言われています。そうすることでメンバー内の溝を何個もつくり、大きな溝が乗り越えやすくなる。異なった視点を持つ人が集まることで、よりよい議論をすることができるのです。
病院でそこまで考えて医療職のマネジメントをしているところはあまりないと思います。アメリカの病院ではMBAか、公衆衛生を修めた人がマネジメントの仕事を担いますが、日本だと医師として、研究者としての成果が管理職の地位への切符になる。医療者は興味のポイントが医療の知識や技術にあるという点で技術者として純粋であり、まだまだマネジメントの力で改善できるところがたくさんあるのではないかと思います。
よりよいチームを築くために
よりよい医療チームを作るために、それぞれにできることはありますか?
インフォーマルな繋がりを大切にすることです。組織の知の蓄積という考え方はご存じでしょうか。その組織グループが知識を蓄えるためにはどうしたらいいかという理論です。医療職でよくあるのが、各自で勉強することです。それに対して、経営学でいうトランザクティブ・メモリーは、そのグループのなかで誰が何を知っているかがわかっていることが大事という考え方です。仕事の中で、自分だけではなかなか解決できない課題があったりします。たとえばある患者の血小板の推移がおかしいと思ったとき、「そういえばあの先生が血小板に詳しかったな」と知っていたら、すぐに電話して確認できますよね。それは、その医師の名前を知っているだけではわからない。自分で解決できなくてもどこにアクセスしたらいいかわかるということが知の蓄積がうまくいっている状態で、すなわちトランザクティブ・メモリーが高いということになります。クリスマスパーティーを多く開催している病院の救命率は高いというデータもあります。職員同士のインフォーマルなつながりで、困った時にコンサルトすることができると、問題解決能力が高くなります。
府立医大のこれからについて、一言お願いします。
府立医大には優秀な先生が多くコンテンツが充実していると思います。看護師さんも仕事にすごく真面目に取り組む人、基本的な能力やインテリジェンスの高い人が多いです。いろんな病院を見てきましたがここの病院はソフトの部分のパワーがあると思う。府立医大を卒業してくる人が多いですが、謙虚で誠実で向上心のある人がたくさんいます。そういう人たちが、技術者として存分に活躍できる環境をつくることができたら、この病院全体がもっとよくなると思います。マネジメントに興味をもつ人が増えれば、CEや医師などの技術者がもっと力を発揮することができ、さらに医療で地域に貢献できると思います。
本日は貴重なお話をいただきありがとうございました!
臨床工学技術課の仲間たちと。
取材・文:橋本寛子(医6)