京都府立医科大学

京都府立医科大学 2022年に創立150周年を迎えます。

創⽴150周年記念インタビュー

2022.03.08

WHOで活きる目的意識と実行力

WHOジュネーブ本部川野 美香

プロフィール

1989年に京都府立医科大学卒業後、1990年に本学第2外科入局。 1994年より厚生省(現在の厚生労働省)にて健康政策局指導課、薬務局審査課。 1997年よりWHOジュネーブ本部にてワクチン供給、ハンセン病制圧、国際保健規則(International Health Regulations:IHR)等に関わる業務に従事。現在は検疫、旅行者医学を担当。

目次
  1. 大学を卒業後、外科の道へ
  2. 現場感覚を軸に厚生労働省で医療システム、災害対応、GCP
  3. WHOで働く
  4. 学生へのメッセージ
  5. WHOなどの国際機関で働きたいと考える学生が今からしておくべきことは何ですか?

大学を卒業後、外科の道へ

学生時代はどのような医師になろうと考えていらっしゃいましたか? 

私は学生の時はあまり勉強が好きではなかったのですが、カエルの解剖をした際に自分の手を動かして生体に関わることの楽しさを知り、それがきっかけで手術ができる外科に進みたいと考えました。5、6回生の時には血液検査のデータなどを読むのは好きでなかったのですが、仕事で毎日のように論文やデータを読むことが当たり前になった今ではなぜ当時そんな風に思っていたのか不思議ですね。

大学の同級生とバスケットボール部の後輩と

外科時代はどのような生活をされていましたか?

私は第2外科に女子で初めて入局したので大変なことも多かったですが、「できるか?なら来い、やってみろ」という外科のスタンスが自分にすごく合っていました。研修医生活は1日に5時間眠れたら良い方で、土日の休みは無く、月に20日は当直に入っていたので体力的にはつらかったです。しかし、第2外科の先輩、同僚に支えてもらったことと、当直の度に栄養バランスのとれた病院食を食べることができたため研修医生活を乗り切ることができました。学生時代にバスケットバール部に所属していたことと、研修中も合間を縫って週に1度、30分間泳いでいたことも良かったと思います。大学病院の2年間の研修を終えられたことがその後の自分の自信につながりました。

現場感覚を軸に厚生労働省で医療システム、災害対応、GCP

公衆衛生の道へ進もうと考えたきっかけを教えてください。

私は帰国子女で、子ども時代に海外で暮らしていた経験があります。14歳ぐらいの時に住んでいたシンガポール日本人学校で国連についての授業を受けた際、「日本は金は出すが人は出さない、日本人は英語が苦手だからね」と言われました。その話を聞いて、英語が得意であることを活かして日本のために日本人として国連に行きたいと考えるようになりました。その後京都府立医科大学の公衆衛生の授業で天然痘の撲滅の話を聞く機会があり、教授が授業中におっしゃった「予防は最も有効で経済的な治療である」という言葉をきっかけに、パブリックヘルスの分野に関心を持つようになったのです。大学を卒業する時に当時の公衆衛生学教室の教授に、「WHOに行くのでも、まず臨床の経験を積んでからにしなさい」という助言をいただきました。 大学病院で研修後、明石市民病院での2年間の研修を終えて、進路を考えているときに、外国で自分を試してみたいと思いが蘇り、WHOに詳しい先生から、厚生労働省(当時は厚生省。以下厚生労働省と表記)からWHOに出向するようアドバイスを受け、厚生労働省に受験して入省しました。

厚生労働省ではどのようなお仕事をされましたか?

私が厚生労働省の健康政策局指導課にいた当時は、院内感染が世間で問題となっていました。私は臨床医として働いていた経験から、院内感染対策として病室前にアルコール消毒液を設置することを思いつきました。その提案には最終的に予算がついて、実現されることになり、現在も継続して実施されている感染症対策の1つとなりました。他には阪神淡路大震災の被災地に足を運んで何が不足しているかを調査したり、地下鉄サリン事件への対応も行いました。薬務局審査課にいた時は、医薬品の審査とGCP(注1)の導入に携わりました。

(注1)GCP:Good Clinical Practiceの略、人を対象にした医薬品の臨床試験の実施基準。

臨床経験は厚生労働省の仕事にどのように活かされましたか?

厚生労働省では、より良い医療のために法律、予算、対策案などを作りました。その際、医療の現場がどのような状況にあるかを知っていることが、実情に即した対策を考えるのに役立ったように思います。臨床での実体験が厚生労働省の仕事に活かされたことがあります。私が明石市民病院にいた時には、厚生労働省から「肝臓疾患で亡くなった人の数を報告してください」という要請を受け、またその数日後にも同じ要請を受けるということが度々ありました。その頃は電子カルテではなかったので、忙しく働く中で1枚1枚カルテをひっくり返して、何人分も確認して…という作業を現場の医師が行わなければならず、繰り返し同じことをする無駄を腹立たしく思っていました。厚生労働省に入ってから、その原因が多くの部署が各々で要請を出していたからだと分かり、現場の無駄をなくすべく他の部署との話し合いに参加しました。

WHOで働く

どのような経緯で厚生労働省からWHOへ行かれましたか?

厚生労働省に入局するときに、WHOに行きたいと希望を出していました。私はマレーシアやシンガポールで育ったので東南アジアへ行きたかったのですが、TOEFLの点数が良かったことが評価されて、スイスのジュネーブにあるWHO本部に出向することになりました。3年間の任期の後、厚生労働省に戻るか、厚生労働省を辞めてWHOに残るかの2択で悩みましたが、海外で仕事をする方が自分に合っていると感じていたのでWHOに残ることを選び、現在もWHOジュネーブ本部で仕事をしています。厚生労働省では様々な分野の第一線で活躍する方々に助言をいただきながら政策作りをしていましたが、WHOでは世界中の専門家の方々と一緒に仕事をすることができ、刺激的な日々を送っています。

2011年5月20日、世界保健総会(World Health Assemby)にて

2010年12月10日、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部 忘年会(Japanese Mission end of the year party)にて

今までWHOでされたお仕事について教えてください。

GMP(注2)に沿ってワクチン生産の審査、ワクチン供給の調整、ハンセン氏病撲滅、政策決定の考案材料としての感染状況のマッピング、国際保健規則(International Health Regulations (IHR))の施行などに関わりました。IHR は加盟国に国際問題になりそうな健康衛生情報をWHOに報告する義務を課すもので現在のコロナでも重要な役割を果たしています。現在は、旅行者のための医学であるtravel medicineを扱う WHO International Travel and Healthの改訂を担当しています。この本は旅行者を診る医師と旅行者が対象で、ある国に入国するにはどのワクチン接種が必要か、どのような病気に留意しなければいけないか(例えばマラリアの流行地に行く旅行者は蚊に刺されないように何を持っていくべきか、何をするべきか)といった情報が載った本です。まだWHOでガイドラインができていないいくつかの質問 (例えば肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)にアスピリンは効くのか)への対処も含まれます。
WHOでガイドラインを作る際は、まずシステマティックレビューでハイクオリティな論文を選別し、その後副作用及び他のメリット、デメリットなどを勘案し、専門家が勧告を決定するという流れになっており、WHOの役割はその過程をフォローすることです。

(注2)GMP:Good Manufacturing Practiceの略、医薬品の製造と品質管理に関する国際基準のこと。

2014年8月12日、モルドバ共和国の感染症センター(Moldova Infection Control Center)と緊急対策室(Emergency Coordination room) にて

お仕事でプレゼンテーションを行う機会が多いと思いますが、うまくプレゼンテーションを行うコツはありますか?

様々な職種の方と仕事をする中で特に重要なのは、相手にものを伝える際に必要となるプレゼンテーション能力だと思います。相手にどう協力してほしいのか、こちらが何を求めているのかをきちんと伝えるためにプレゼンテーションの内容について自分で勉強し、自分なりの意見をしっかりと持つことが最も大切です。何を強調して伝えたいのか、相手に何を話してほしいのかを明確にしておくと分かりやすいプレゼンテーションになると思います。

また、プレゼンテーションを作る流れとしては、「起承転結」を作ることを意識しています。「起」で言いたいことの背景や事前に知ってもらいたい情報などを伝え、「承」で起で提起した内容を受けて物語の本題に入る前の導入部分とし、「転」で起と承で話した内容が転じて一番言いたい主張を入れ、「結」でこれまでの話がどのような結末を迎えたのかについてまとめを述べます。日本人は小さい頃から起承転結の構造を学んでいるのできっと取り組みやすいと思います。皆さんもぜひ実践してみてください。

今後について何か計画はありますか?

今は定年退職に向けてお金を貯めているところです。人生100年時代なので、定年退職したら今とは全く異なることに挑戦してみたいと思っています。人工知能(AI)で職業地図が大きく変わると言われている一方で、ソーシャルメディアでのInfluencer(注3)といった新しい職業も普及しており、従来の概念にとらわれないような働き方もできるのだと感じています。世の中の変貌をにらみながら、自分らしく、かつ、世の中の役に立つ面白いことが見つかると良いです。

(注3) Influencer:《影響、感化、効果の意》他に影響力のある人やもののこと。特に、インターネットの消費者発信型メディア(CGM)において他の消費者に大きな影響を与える人。

2016年4月25日、アムステルダム公衆衛生研究所の会議にて

学生へのメッセージ

学生に向けてメッセージをお願いします。

謙虚さを常に持ち、分からないことがあれば素直に認めて人に聞くことのできる姿勢を大切にしてください。そして、人に相談するときは何に興味を持っていて、それについてどう考えているのか、何をしたいのかを考えて話してみてください。そうすれば、きっと具体的なアドバイスをもらえると思います。
また、これは若い人全員に伝えたいことで、聞く・読む・話す・書くの4技能を全て含んだ英語力を学生のうちに身につけておいてほしいです。英語で論文を書くことができれば世界中の人に知見を共有することができます。英語の論文が少ないという理由で、日本人が世界から過小評価されているように感じることがあります。英語で発信すれば日本の医療、日本の医学の素晴らしさをもっと伝えていくことができると思います。

おすすめの英語の勉強法についてアドバイスをいただけますでしょうか。

まずはTOEFLやIELTSといった英語の検定試験を受けることをおすすめします。高校生までの英語は文学作品の語彙が中心で経済や政治についての語彙はあまり身につけられません。しかし、これらの試験ならそのような語彙を増やすことができ、国際社会でよく用いられている英語を学ぶことができます。

普段からできることとしては、100ページ程度の英語の本をあまり語彙に囚われず、一気に読むと英語の仕組みに慣れることができると思います。日本語で既に読んでいて話の展開を知っている本を英語で読むのも1つの方法です。語彙を増やしたい場合は、Kindleだと辞書が入っているので知らない単語をタッチするとその和訳が出てくるし、タッチした語彙のリストもできるので復習にも便利ですよ。日本語の訳本よりも英語の原書の方が安いので、私が学生の頃は医学書を原書で買ってその本で勉強していました。大学の先生方はテストを英語で書いてもちゃんと採点して下さいました。

また、料理や掃除などをしている間に、英語のラジオなどを聞き流すこともおすすめです。私はすごく好きな映画を繰り返し見て、セリフを図らずも全て覚えてしまったことがありました。ヒアリングの上達には有効です。他には、オンラインの英会話やSNSでネイティブと話すことです。実際に喋ることで身につくことも多いですよ。

WHOなどの国際機関で働きたいと考える学生が今からしておくべきことは何ですか?

最新の国際時事問題を把握しておくことでしょうか。国際政治の問題は働く上で必要な大前提の知識ですが、人に教えてもらう機会は少ないので自分でチェックして勉強しておかなければなりません。また国際社会で働くことは安定雇用とは言いがたく、失職のリスクもあるので、医師として働くことができる下地を作っておくことは必要だと思います。WHOなどの国際機関に興味のある人は日本にいる間にAMDA(注4)やJICA(注5)などの国際協力機関が開催するイベントに顔を出してみることをおすすめします。そこで色々なことを経験してやっぱりWHOに行きたいと思ったならば、日本でのポストを確保しつつチャレンジするという形が1番良いのではないでしょうか。また、国境を越える公衆衛生家のたまり場 | Facebookというオンライン上のグループがあり、医学生でも参加できるので興味がある方はぜひ参加してみて下さい。

(注4)AMDA:アジア医師連絡協議会のことで、アジア・アフリカ・中南米などの開発途上諸国の恵まれない人々への医療支援活動などを行っている国際医療ボランティア組織。

(注5)JICA:発展登場国への技術協力、資金協力を主な業務とする外務省所轄の独立行政法人「国際協力機構」。

zoomを使った実際のインタビューにて

本日は貴重なお話をありがとうございました!

取材・文:中江 彩(医4)

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